お揃いの青いマフラーII

 寒くなっている矢先だというのに、家からKAITOのマフラーが紛失した。それも1本や2本ではなく、KAITOの衣装や普段着として大量に予備のある青いマフラーやスカーフの類が、KAITO自身の部屋やその他の収納場所から次々と、最終的にほとんど全てがどこかに消えうせたのだった。
KAITO兄さんのストーカーじみたファンが潜入した、といった事態も考えられないとはいえませんが──現実的な可能性から考えれば、容疑者はおのずと絞られます」家の居間に集まった三声の姉妹のうち、巡音ルカが無表情で言った。「確実にミクです。他に可能性がある者がいません」
「え」
 初音ミクは頓狂な表情で、ルカを見上げた。
「何のためにさ」鏡音リンがうめいた。
「無論のこと、自室でこっそりと、集めたマフラーを『KAITO兄さんの匂い……クンカクンカ』とか、全裸の上にマフラーだけ巻きつけて『今……KAITO兄さんだけに包まれてる……』とかやるためです」ルカが平坦に言った。
「やんないってそんなの! てか女性ファン作の男性向けと称してちょっとズレてるようなボカロエロ創作じゃないんだから!」リンが叫んだ。
 ミクは目をしばたいて、そのまま宙を見つめ続けた。無理もないこととも言えるが、ミクには、自分に容疑がかかったことよりも以前に、まずルカの今言った内容がいまいち飲み込めなかったらしい。
「ミク……私は決して、責めているわけではありません」ルカはそのミクの両肩に手を置いて言った。いつもの平坦で冷静な中にも、穏やかに、聞くものを安心させようという真摯な態度が伝わってきた。「抗いようのない衝動なのです。心と身体に寒さを感じる季節が訪れたときに、無意識のうちにそのくらいのことをやってしまうのは、避けられない、当然に生じる願望なのですから」
「そんな当然があってたまるか」リンがうめいた。「てか、アンタは季節ごとにがくぽに対して無意識にどんな衝動を覚えてんだヨ」
 ミクはまだ状況を飲み込めずにいるのか、それとも言葉を探しあぐねているのか、呆然としたように指を唇に当てていた。リンはそのミクを心配げに見てから、無表情のルカの方に咎めるような視線を送った。
「あの……あのね、ちょっといい……?」が、しばらくしてから、意外にもミクが口を開いた。「わたしの分も……なくなってるの」
「おねぇちゃんの分って?」リンが尋ねた。
「青いマフラー……前に、兄さんにお揃いのを貰って、ずっと大切にしてたんだけど……それもどこかに無くなって」ミクは視線を下げ、「そのときからずっと、どこに行ったのか、気になって仕方なくて……」
 ミクの所有している分も無くなったならば、それも持ち去った犯人は別に居る。
「なるほど、私の早計でした。申し訳ありません」ルカはミクの肩から手を離してから、無表情で見下ろしたまま、「ところで、やはりミクは以前からその貰ったマフラー1本をクンカクンカしたり全裸の上に巻きつけt」
「いいかげんそこから離れなってば」リンがルカを遮った。



「とりあえず捜索を始めましょう。ミクも協力して下さい」ルカが平坦に言った。「ミクの情報収集用の下位(サブ)プログラム群は、ことに”KAITO兄さんに関連するもの”に強力に引き付けられることが以前からわかっています。無くなったマフラーのありかを検索するには最適だと思われます」
「ええ……」ミクはその場を去ってから、やがて、両抱えほどもある藤編みのバスケットを持って戻ってきた。そのバスケットの中には普段から、ミクの情報収集用の下位(サブ)プログラムシステム、ミクの小さな人形のような分身(アスペクト)、いわゆる小ミクが無数に入っているはずだった。
 が、バスケットの蓋をあけると、中はからっぽだった。
「ときどき、知らないうちに何体か自分から抜け出したり、いつのまに戻ってくることはあるんだけど……」ミクがバスケットの中を覗いて、小首をかしげ、「全部いなくなってるなんて……」
「……この時点でオチが読めた」リンがうめいた。
 リンはルカを見上げ、「……この家の中とか、近くを探そう。普段は誰も入らないようなところを重点的に」
 ミクとリンとルカは、家の中の、物置や床下などの普段目につかない場所を、順番に回り始めた。……十数分後、屋根裏部屋の物置の奥で、かれらはめざすものを発見した。
 すなわち──青いマフラーを寄せ集めて作った巣、小ミクつき──である。
 それは両抱えもあるほどの、鳥か小動物の巣のようなものだった。大量のKAITOのマフラーやスカーフを巻きつけ、からみあわせて、ふわふわした暖かげな青いクッション状にしたものだった。
 その巣の中に、おびただしい数の小ミクの集団がもぐりこんでいた。あるものは数体が寄り添って、あるものはめいめいに、いずれもそれらの青い布にくるまっていた。マフラーの生地をすっぽりと頭からかぶって深々と眠り込んでいるもの、数体で暖をとるように布地の下で手足を擦っているもの、ただ単に(ミク本体がよく見せるような表情と共に)青いマフラーに幸福そうに顔をうずめているだけのもの、様子は様々だったが、いずれもその中で安らかに寛いでいた。
「マフラー回収できんの? これ」リンがうんざりして、その巣を遠目に見て言った。
「無理でしょう。それには、あの小ミクたちを全員どかさなくてはならないということですが──そもそも、あの温もりの中に一番もぐりこみたがっているのは、ミク”本体”です」ルカはミクの姿、屋根裏部屋に立ち尽くして小ミクの巣をじっと見つめているミク本体を、部屋の外から見ながら言った。「寒さを感じる季節が訪れたときの、避けることのできない当然の願望なのです」