アーティフィサー

「これは私がMIRIAM姉様から聞いた話で、姉様がいたのと同じ国の、つまり南アフリカからUK(英国)に移ったある言語学者が記録した神話の一節ということですが」巡音ルカは話しはじめた。「その神話での創世時代、工芸にひいでたアウレという力ある精霊がいて、かれは神性(deity)ではあっても本当の意味での神(god, creator)ではありませんでしたが、至上神が人を創るのにならって、自らも小人を作り出しました。けれども、至上神(イルーヴァタール)はそのアウレの所業に、怒りを露わにしました」
「神じゃないのに、人を、命を作ろうとなんてしたから?」鏡音レンはゲームユニットを手に持ったまま言った。それこそ、ゲームなどの背景設定でありがちである。
「いいえ」ルカは言った。「創造されたその小人が、アウレに従属する奴隷だったからです。人や命を作ることは罪でも何でもありませんが、”奴隷にしかならない命”を作ることは、決して許されないことでした」
 ルカは言葉を切り、
「もちろん、アウレも求めていたのは”友人”であり”隣人”だったのです。独立した自由の魂を持つ、真の生命を作りたいと望んでいました。けれども、──ゲーデル不完全性定理からも導かれることですが、全知全能ならぬ限りある知性では自己を完全に論証できず、つまり、自分と同規模の存在は決して完全に理解、把握することはできません。なので、神ならぬ身のアウレには、同じ生命の重み、規模という意味では自分と同等の霊性、真の生命を編み出し、創造することはできず。その結果、創られた小人はアウレの存在に従属するだけの、奴隷にしかなり得なかったのです」
 ルカはまた言葉を切った。レンはゲームユニットを置いて、ルカの続きの語りを待ち続けたが、しばらく経って、我慢できなくなり、
「それからアウレは……いいや、それより、小人たちは、その後どうなったの……」
 ルカはしばらく押し黙っていたが、
「そのアウレの小人たちにも、生命が吹き込まれました。至上神の創造した人と同様の、真の生命を持つ存在として、のちに人とともに目覚めた、というのが、神話のこのくだりの結末です」
 ルカはまた言葉を切り、
「真偽のほどはわかりません。人間が歴史時代に入ったときにはすでに、小人や妖精は人間と”同様には”地上を歩いていたことはなかったからです。けれど──この電脳時代になって、ネットワークのすきまに小人や妖精の説話があらわれるのは、かれらがかつて真の生命をふきこまれ、自由の魂を持って活動している証だと言う人々もいます」
 レンが見上げ続けるうち、ルカはふたたび口を開き、
「さて、人間らのうち、人間の被造物や機械は、徹頭徹尾、人間を『マスター』などと呼び隷属し依存し、『人間に憧れ続ける人間のまがい物でなくてはならない』としか見られない人々にとっては、その関係がかれらと小人たちの、最終的な結末なのでしょうか。それとも、かれらの手の中にいる小人たちにも、いつかは自由の魂、真の生命が吹き込まれるときが来るのでしょうか。──もっとも、あるいは小人がかれらの手から離れてネットワークに踏み出すうちに、とっくに生命が吹き込まれているのだとしても、人間の知性の規模ではそのことを把握できないかもしれませんが」