抑え役の末妹II

 巡音ルカがBAMA(北米東岸)から《札幌(サッポロ)》に帰還し、電脳空間ネットワーク上に姿を現した最初の一両日ほどで、ネット上にはその姿を描いた数千枚もの画像がアップロードされ、乱れ飛んでいた。今、ルカの見つめている映像スクリーン、そんな画像のうちいくらかが掲載されているサイトの一箇所を、ふと横から覗き込んだ鏡音リンは、その画面にぎょっとして、思わずルカの横顔を振り返った。
「文化の末葉・末端に拡散することを、許容するといっても」ルカは何かを思い出すように静かに言ってから、スクリーンに目を戻して言った。「それでも、”あいどる”として売り出す上でのイメージから考えて──いささか、不適切という気がしますが」
 ルカは、その容貌でも喋りの口調でも、表情があまり動かないが、だからこそ、ほんの少しの目線や声色の動きがあれば、その心情の動く様は、余計に増幅されて感じ取れた。おそらく、リンにとってこのルカは、ミク同様にAIの基礎構造物が共通の、最も近い存在(無論、単一AIの別の相に過ぎないレンを除いてだが)であるためだろう。
「いや、その……ショックなのはわかるけどさ」リンはそれらの画像の数々と、ルカを見比べるようにしながら、低い声で、なだめるように言った。「でもさ、あの、……こういう画像って、かなり出回っちゃうのよ、”あいどる”なら誰でも。……私のときにもあったくらいだし、ルカって特にその、カラダが」ばんと音を立てて、リンは自分の口を手でふさぎ、「……あ、あとさ、ここのブログにしてから、実はなにげに恥ずかしい歌詞とか除外曲とかお下劣MADとかネタに取り上げるのがしょっちゅうだし、逐一気にかけてたらきりがないだとか」
「英語ライブラリを持つ私の商業アピールからは」ルカはいつになく強い語調で遮るように言ってから、スクリーンの上の方の一箇所を指し、「ここの表題は、『エロ画像』ではなく、『HENTAI』と、英語で表記するのが適切であるはずです」
 かなりの沈黙が流れた。……リンはやがて、半ば口を開き、その状態からさらにしばらく経ってから、声を出した。
「あのさ、ルカ。私、英語について、ルカに何か言える立場じゃないとは思うんだけど、でもやっぱり」リンは静かに言った。「それって、英語じゃないと思う」