色彩の徴印


「あのさ、姉さん」居間でロック雑誌をめくっていたMEIKOに、ひどく深刻な表情で、リンが話しかけた。
「掃除してたら、その……兄さんと、おねぇちゃんの部屋からね」リンは居間の低テーブルの上に、隅の欠けた、古びて見える石版と金属板のようなものを置いてみせた。「なんか……こんなんが見つかったんだけど」
 それは、いずれも材質がはっきりとは判らない板で、どちらにも、異知性の未知の生物が苦悶にのたうった軌跡でもあるかのような、名状しがたい図形が表面に刻まれていた。今も蠢いていると錯覚するようなそれは、ただ見つめるうちにも不安をかきたてるもので、リンらAIプログラムの人格構造物の中枢、LEVEL06(ゴーストライン)に張り巡らされる防壁システムにすらも浸透し、霊魂そのものを浸食されるかのような錯覚に陥らせるかのようだった。
「あのふたりってさ、なんていうか、その、ふたり揃ってピュアっていうか、脳味噌フラワーガーデンっていうか、とにかく、そろって周りがついていけない感覚の持ち主じゃない」リンはKAITOとミクに関して、最初は低い声でMEIKOに言ったが、だんだん不安が募ってきたのか、次第に落ち着かなげにとめどなくとりとめなく、「でさ、もしかして変な趣味とか芸術に目覚めたとか魅入られたとか、怪電波を受信したとか、ケンタウロス系のもうひとつの知性総体と接触したとか、それだけならまだしも、おかしな宗教とか信仰とかにはまってこういう怪しい品物を家計を圧迫するほどの高額で買わされてきただとか……」
「それ、KAITOとミクの字よ」MEIKOは平然と、それぞれ金属板と石版に刻まれた図形を指差して言った。
「字なの!?」リンは思わず聞き返したが、しかし、よく見ると、金属板の方の図形は、言われてみればKAITOのゆるい筆跡と線の一部に共通点が無くもない気がした。石版の方がミクかどうかの検証は置いておくにしても。
「で……その字で、なんて書いてあるのこれ」
「わかるわけないでしょう」MEIKOはロック雑誌に目を戻したきり、当然のことのように言った。「誰に読めるっての」
「姉さん、リン!?」不意に背後で声がして、リンは振り向いた。
 そこにはミクが呆然と、低テーブルの上の板を見つめて立っていた。
「そんな……見つかっちゃうなんて」ミクは震える声で言った。「どうして……どうやって、どこで見つけたの……?」
「いやおねぇちゃんの机の上に思いっきり堂々と載ってたんだけど」リンは呻くように言った。
「どうしよう……」ミクは指先を口に当てて、小声で言った。
「てか、これ、何なの」リンは何となく、あまり聞きたくないような気分を感じ始めつつ、ミクに尋ねた。
「あのね……これは兄さんが、わたしに書いてくれたの」ミクはためらいつつ小声で、金属板に触れながら言った。ついで石版を見て、「こっちは同じように、わたしが……」
「いや、そりゃそういう経緯のあたりはだいたい想像つくんだけどさ」リンは呻くように言った。「んで、これ、何」
 ミクは袖で頬を覆うようにしながら、どこか少し嬉しそうに答えた。
「サイン入り色紙……」
「これのどこが紙で何が色でどれがサインなのッ」リンは異次元の図形にしか見えないものが描かれた石版と金属板を指差し、ほとんど悲鳴のように言った。「てか、そんなん兄妹間でお互い交換すんなァァーーッ」