キティちゃんが猫を飼っていたりミッキーが犬を飼っている世界は狂っているという説


「狂っているかもしれませんが、何も不思議なことはありません」巡音ルカが無表情で言った。「よく思い出して欲しいのですが、狼男は同胞として普通の狼を呼び出したりします。吸血鬼は自分も狼や蝙蝠に姿を変えますが、狼や蝙蝠を使役します。バステト女神はライオンや虎などのあらゆる猫の眷属を使役できます」
「最後のはよくわからないよ」鏡音レンが言った。
「メーカー側もキティちゃんは猫のようでありながら猫ではない別の存在だと明言しています。つまりキティちゃんは猫の同胞ではありつつも、猫の眷属を使役できる立場にあるような何か途方もなく名状しがたいものだということです」ルカが平坦に言った。「サセックス草稿などの古書研究で名高いフィリウス・P・サドウスキイ博士の論文によれば、『キティちゃん』という名前は、一部のストリートランゲージにおいて、『正気度が低下したもの』を婉曲的に指す語であるということです。これは見た者が無意識的に、あの猫のごとく見える名状しがたい存在を”正気の範疇”の認識から除外することで、かろうじて理性を保っている、ということを暗示しています。世界が狂っている、すなわち、キティちゃんが狂気を誘う世界の真の姿の片鱗であるという認識は、実は何ら誤ってはいないのですが、その認識に人間が至るべきではなかったのです」
 レンはごくりと唾を飲みこむと、同じ楽屋の中の猫村いろは(何か衣装の可憐さだの卑猥さだのについて、Lilyと互いに凄い剣幕で議論している)につかのま目を走らせ、慌てて目をそらした。
「ミッキーのことは言うに及びません。手塚治虫がミキマウス・ウォルトディズニーニなどという代物を出しておきながらいまだに多元宇宙から抹消されず、外方次元界に君臨し続けていられるのは、神格ランク持ちだからです。本来、そんなものを口にすれば、アスモデウスの足元の『大蛇のとぐろ』について口にした者と同様、その後24時間と転輪宇宙に存在していられません」ルカが涅槃界(メカヌス)の永劫に回る歯車が規則的にきしむかのごとき声色で淡々と言った。「同じ犬なのにグーフィーがミッキーと同格でプルートが飼い犬なのは狂った世界という主張がありますが、グーフィーこそはミッキーの同類、犬とは同胞にして非なる存在に他なりません。恐怖作家スティーブン・キングの小説の登場人物もグーフィーについて『犬がスポーツをするだろうか』という疑念を発しています。──むしろ、ただの犬にすぎないプルートの方こそ、正気の範疇の存在であるその身を僥倖と覚えるべきなのです」