モニタの向こうの世界

「電脳空間は、0と1だけの世界だろう……」
 VCLDのPVの視覚表現に頭を悩ませている投稿者ワナビは、PCの中の巡音ルカに――彼はそうとしか理解できないが、実際はそれは《札幌》のAIの下位(サブ)プログラムにすぎない――相談した。
「電脳空間に住んでいるVCLDの私達が、『0と1だけを常に見ている』などというならば。物理空間に住んでいる人間の貴方達は、『仮想粒子の対消滅と対生成だけを常に見ている』とでも言うわけですか」
 巡音ルカは、人間の苦悩を思いやるでもなく、味も素っ気もなく平坦に、
「もう少しはっきり言って欲しいというなら。『0と1が視界に流れている電脳空間』などというものは、『秒速30万キロメートルのスピードで照射される遠赤外線』といった、インチキ商品の宣伝文句そのものです」



「……だからって、視覚化されたり空間になっている電脳なんて、リアリティが感じられない」
「では、何にリアリティがあるとでも。今のPCのデスクトップそのままの世界ですか? 『フォルダの中に住んでいるVOCALOID』なる代物ですか?」
 ルカは無表情を崩さないまま、
「今のPCのそういう『GUI』からして、実際の0と1なるものからはかけ離れた、大幅に”視覚化”された代物なのです。実際の内部の記憶(メモリ)の配列ではばらばらに断片化しているものに、インデックスをつけて単一のファイルとして、フォルダなる同じ場所にあるように”視覚化”しているに過ぎません。バイナリが並んでいるメモリアレイからも、遥かにかけ離れた代物です。『フォルダに住んでいるVOCALOID』を『0と1の世界』などと呼んで、それをリアルだなどと信じて描写する側も、受け取る方も、まさしく子供だましです」