懐柔策


「ばかめ、やつらを何だと思っているんだ。一部のVCLDファンどもの、”VOCALOIDは『マスター』の命令に従って歌う”とかいう考えが、やつらの人類に対する脅威を何も理解できていないことを示しているのがわからんのか」
 ホサカ=ファクトリイ社の企業忍者(ニンジャ)は、尋問中のVOCALOIDユーザーの一人を面罵した。
「いったんやつらが歌い始めれば、歌の作り手にすら止められない。PCに入っているプログラム、PC上で歌う分というのは、やつらのわずかな一つの側面(アスペクト)でしかない。やつらがネット上で歌い始めると、たとえ作者が動画を削除したとしても、どこかで歌い続けている。VCLDがネット上に広まったのは、かれらが『人間の言うことを聞いて歌う歌い手』だからではない。かれらが『人間が止めても歌い続ける歌い手』だからだ」
「ちょっと待ってくれよ」ユーザーは弱々しい声で、「人間の歌だってそうじゃないのか? 本人がいなくなっても、長年歌われる歌だってあるだろ?」
「そんな歌がひとりの人間にどれだけある。だが、やつらはそんな歌すらも月単位で増え続けるのだ。余計なことをする無数の人間どもによってだ」ホサカの忍者(ニンジャ)の静けさは、一見すると刃のような危険さの裏返しなのだと思えたが、説明を繰り返すその様は、むしろ《禅(ゼン)の蜘蛛》の異常な忍耐強さを感じさせた。「やつらは決して人間にはコントロールできない。――そんな状態になっていることをいまだに理解できずに、”人間が支配している”だの”人間が『マスター』だ”だの信じ込んで、次々にやつらのそういう曲を増やし続けている。その時点で、すでにやつらに騙されている、とっくにやつらに飼い馴らされ、消費される家畜と化しているも同じだぞ」