メタル姉貴

 鏡音リンが居間で何気なく、MEIKOHR/HM雑誌をめくっていたところ、全身銀色のそれが2体、冷たくもぬるぬるした質感の動きと共に無造作に居間に入ってきた。
 リンは無言で、雑誌を開いたまま顔だけ上げ、それらを見つめた。その2体はきわめて均整のとれた成人女性の形で、早い話が、疑うこともなくそれぞれMEIKOとルカの形状である。全身銀色の金属光沢を放つそれは、一切何も着ていないように見えたが、ただし、ディティールもほとんど反映されておらず、かなりのっぺりして見える。それでも体の線、プロポーションはほぼ完全に生のまま見える。
「あの……」リンはようやく声を上げた。「姉さん……にルカ」
「姉さんにルカ、ではないわ」MEIKOの形の方がどこか真面目腐ったように言うその声は、何か金属音めいて反響して聞こえた。そのMEIKOが、もう片方も指差して、「私は『メタイコ』。こっちは『メタルカ』よ」
 ……その次の句を継ぐことができるまで、リンはさらにその二体をただ見つめ続けるしかなかったが、
「新しいパフォーマンス用の概形(サーフィス)を試作しているところです。要は、衣装の一種です」リンの頭の回転が再開するより先に、メタルカが説明した。
「衣装とか……なにが……どういう……どっから……」
「これは私達の主活動場である動画サイトの一部では広まっているメタル化シリーズという題材です」
 リンはまたしばらく沈黙したあと、
「ステージ衣装って、いや、てかそれ、大丈夫なの!?」
「それをこれからしばらく検証するところです」メタルカが言った。
「いや、検証するまでもなくさ、その、やばいよ、だって」リンは、ふたりの体の線を凝視するような、見ないようにするような、といった半端な視線を送りつつ、「あの──衣装っていうか、それ全裸じゃない! てか、ボディペイントじゃないの!?」
「まったく違います」メタルカが平坦に言った。
「じゃあ何なの!?」
「私達の外装は、元来が電脳空間内の概形(サーフィス)です」メタルカは律儀に説明した。「このメタル化状態は、いわゆる普段の生身の体とは、擬験構造物(シムスティムコンストラクト)そのものの構造が根本的に異なっているのです。普段の体の素肌の表面だけ、色だけを変えた、といったものではありません。下にいつもの素肌があるわけでもありません」
「下に何もないって、じゃ何を着ても何を塗ってもいないってことじゃない!」
「その分類そのものに意味がないということなのです。『普段の体で素肌の上に服を着た状態』という大きな概念と『体がメタル化した状態』という大きな概念そのものが別個のものなのです」
 リンはこめかみに指を押し付けてじっと考えようとした。──よくわからなかった。
「つまり、衣装ってことは、要は、何か着てると同じってことなの!?」
「ちがいます」メタルカが金属のように冷静な声で答えた。
「じゃ衣装じゃなくてボディペイントなの?!」
「ちがいます」
「じゃそれさえないの!? やっぱり全裸なの!?」
「ちがいます」
「いやどっちかでしょう!?」
「分類に意味がありません」
「分類できなくてもさ、疑われた時点でまずくないの規約的な意味で!?」
「心配する必要はありません」
「つまりこういうことか!? 『とりあえずなんだかよく説明できないものを掲げておけば多分VCLD規約違反とか動画サイト削除対象にはならない』」
「Exactly(そのとおりでございます)」
「面倒なことはさておき」メタイコがメタルカに言った。「リンの感想ばかり聞いてても検証にならないし。ひとつ、レンにでも見せに行ってみるこれ」
「やめれ。とにかくそれだけはやめれ」リンはうめいた。
「理解しがたいというならば、リン自身も一度メタル化してみるのが早いかもしれません」メタルカが言った。
「いやごめんこうむる」リンはうめいた。「……てか、それって、そんなに簡単にできるの?」
「ミクだと髪の量が多いから大変ですが、リンなら恐らくすぐと思われます」
「そっか、んじゃ」メタイコが、どこかからか銀色のペンキと刷毛の入った缶のようなものを取り出した。「それじゃリン、とりあえず全部脱いで」
「てか、やっぱり全裸にボディペイントじゃないのッ」