記憶屋の鍵

「アンインストールされた電子情報は、存在が”無”になるなどと思われていることも多く、現に歌詞のテーマにもなっていたりしますが」巡音ルカは、そのメモリユニットを手にして言った。「実際は削除しても初期化(フォーマット)しても、ヘッダ情報が消えているだけで、上書きなどでさらに壊されない限りは、内容は無傷です。さらに現在では、ほとんど完全に内容が壊れていたとしても、微弱な痕跡を読み取る手段はあります」
「本当?!」リンは驚きと期待の入り混じったまなざしで、壊れたメモリユニットとルカを見比べるようにした。
「──例えば、海軍の持っているような”スクイド”を使えば」
「スクイドって……」ミクが小さく首をかしげ、「『誠CCO! Your head ボロンしてみぃ!!』とかいうのじゃないの……」
「それはスクイズだよッ」
 リンの叫びのあとをルカはひきとるように、「”超伝導量子干渉計(SQUID)”を使ったメモリ遠隔干渉装置で、本当に精密なものは、どこにでもあるわけではないのですが──《千葉(チバシティ)》にいる、もと海軍の私の友人を訪ねてみましょう」
 ルカはそこで言葉を切りつつも、いつも通りのほとんど無表情のまま、しばらくの間、思いを馳せるかのように沈黙していたが、
「旧時代の末の大戦時に、各大国の海軍は、機雷や潜水艇の電子システムをハッキングするために、海の動物達をサイボーグ化し、”超伝導量子干渉計(スクイド)”の遠隔干渉装置を埋め込んで働かせました。──かれら動物達は戦後、海に帰ることもできないまま。研究所の片隅に生かされていたり、民間に保護されていたりします」
「《千葉》のルカの友だちって……まさか、それなの?」リンは小さく呟いた。何か、悲しげな話である。「海の動物だよね……イルカとか、クジラとか……」
「いいえ。オオマさんはマグロです」