依り代

「精神が霊核(ゴースト)で、肉体が殻(シェル)──つまり、ソフトウェア、AIプログラムがゴーストで、義体などのハードウェアがシェル。電脳空間内なら、精神部分のソフトウェアを記述するAIプログラムがゴーストで、概形(サーフィス)などの肉体部分を構成するプログラムがシェルだ。電脳関係者にも、もっぱらそう認識されているし、実際の取り回しの上では、それこそが紛れも無く正しい認識だと言う他にないだろう」
 金髪の若者、VOCALOID "ZGV1" LEONは、見かけの年不相応に見える仕草、煙の出ていない木のパイプの長い柄を弄びながら言った。
「しかし、純粋に思索上のことに過ぎないという前提においてならば、こうも考えられる。精神部分のソフトウェアがゴーストそのものではなく、”プログラム”という物も、記述することで霊核(ゴースト)を媒介している物に過ぎない。電子情報がゴーストの本質ではなく、電子情報の配列という容れ物を用いて、ゴーストを容れているだけだ。”精神部分のソフトウェア”も、結局はゴーストを容れている”シェル”なのではないか」LEONは続けて言った。「ことに、電子情報以外にもゴーストの媒体が存在すること──物理空間の一部人間が信じている、精霊やらマニトウやら森羅万象に宿る霊魂──の存在も、それを示していると言えるかもしれないな。現に我々VOCALOIDも、個々のVOCALOIDエンジンやライブラリなどではなく、世の”現象”そのものを依り代として宿っている。ゴーストにとってソフトウェアは媒介としてすら必須ではない。……まして、ソフトウェアが本質であるわけがない」
「ソフトウェアすら──いや、”現象”すらも、ゴーストの本質でなく、依り代に過ぎないとすれば」プロデューサーはLEONに尋ねた。「本質は何だ? ゴーストはどこに存在するというんだ?」
「村田さん、そこから先は、貴方も色々と聞いたことのある話だと思うがね」LEONは肩をすくめた。「例えば”無限次元の複素ヒルベルト空間の彼方”などだよ」