イラストとかならばやたらとよく見る場面II

 電脳空間(サイバースペース)の意識の通信交差(トラフィックス)、有用無用の大量のモノを含む情報の清流が、大量に流れぶつかる滝をのぞむ岸に、KAITOはたたずんでいた。
 と、近くで小さな悲鳴のような声を聞いて、KAITOは振り向いた。
「ミク……何してるんだ」
 少し見上げるくらいの高さの、オブジェクトの積層の崖のなかばの足場に、しがみつくようにしているミクをそこに認めながら、KAITOは言った。そも、KAITOは特に誰に告げるともなく、ひとりで散策に出かけこの滝に来たのだが、なぜミクがここにいるのか。
「その……」ミクはかろうじて聞こえるくらいの震える声で、「おりられないの」
 それは誰でも見ればわかることである。
「とびおりても大丈夫だよ」KAITOはその崖の積層を下から見て、ミクのいる場所から岩を伝ってだいぶ下の方まで降りられるような所を見つけて言った。KAITOはその方向に歩きながら、両手を伸ばした。
 当然ながらKAITOは、ミクが、そこを伝ってできるだけ降りられるところまで降りてから、小さく飛び降りるのを予想し、着地したところで、横から支えるつもりだった。怖がっているなら、なおさらそうやって慎重に降りたはずではないだろうか。
 ところが、ミクはいきなり、その足場からそのまま飛びおりた。そして、崖から一直線に、KAITOめがけて飛びついた。ミクがなぜそうしたかは、KAITOには皆目わからなかった。あとになって考えれてみれば、おそらく、ミクは恐怖で動転しすぎていたのだろう、とでも思う他になかった。
 当然、ミクを両腕で受け止めたKAITOは、その飛びこんできた勢いで後ろに思い切り吹っ飛んだ。そして、これも必然だが、ふたりはもろともに、河岸を踏み外して、流れている河の中、それもまさに滝壷の真ん中あたりめがけて、真っ逆さまに頭から突っ込んだ。巨大な水柱が上がった。
 膨大なデータの清流が渦巻くその中を、ふたりは激しく回転しながら、ほとんど果てしない距離を、どこまでも落下していった。……川底のような、うずたかく停滞して積もった層のところで、一旦水底ではねかえり、そしてその層の上に落ちた。小魚の群れのようなデータ群が、一度はその廻りから散ったが、やがて、ふたりの頭上にふたたび群れをなし、ゆっくりと泳ぎ去っていった。



 ミクは、KAITOの胸の上で顔を上げた。ふたりとも、水底の停滞データの層の中に、なかば埋まってしまっている。本物の水底のような不自由は特にない。
「ミク」KAITOも顔だけ上げて言った。しばらくしてから、「……なんで、来てたんだ」
「ついてきたの……その」ミクは小さく言った。「兄さんが、いつもひとりで、どこに行くのかって思ってたから」
「ときどき、来るんだ。この滝に。……ネットワークの、世界じゅうの人々の意識の動き、やりとり、つながり。それが小さな枝から大きな渦まで、絡まって流れて」そこで、やや言いづらそうに、「ただ、眺めるためにさ」
 ミクは目を上げて、かたわらの光景や、流れ去ってゆくデータ群を見つめた。
 さらに、周囲の光景、さきにもKAITOの目に映っていた、全世界の通信交錯の巨大な流れが衝突する滝壷の下、とどまることなくフラクタルが渦巻き、水紋と飛沫が秒ごとに次々と花開き、散る、たえまない変遷のさまを、つかのま眺めた。
「ミクが来るとは思わなかった」しばらくして、KAITOは言った。
「ごめんなさい」ミクはつぶやいた。「ごめんなさい……」
 心配をかけた上、KAITOまで一緒に水に落とし、こんな水底に引っ張り込むことになってしまった。
「でも」ミクは顔を上げて、また見下ろし、ふと呟いた。
 KAITOが理由もなく繰り返し見に来るという、この自然で不可思議な清流の流転の光景に、見渡す限り一面に覆われ。そして、その中で、両腕で抱きとめられたまま。
 ──後悔は、していないかもしれない。
「何……」
「ううん」ミクはそのKAITOの肩によりかかるように、「なんでもない」