例えばこんな供給形態II

「んで、《札幌(サッポロ)》の社のアナウンスの人物像(キャラクタ)プロファイルにはさ、『仮想(バーチャル)"あいどる"歌手』を自宅で『プロデュース』、とあるよな。さらに、24時間PC(電脳端末)内の仮想スタジオで待機している『専属ボーカリスト』であって、ユーザーの『所有物』でもなければ、ユーザーが『マスター』だとかいう代物でもない」
 BAMAの黒人ウィザードは、カウボーイに向けて通話と視覚映像ごしに続けた。
「電脳端末に入れる下位(サブ)プログラムは、そりゃユーザーの所有物かもしれんが、そんなものは電脳空間ネットワークに形成されてるやつらの総体、『仮想"あいどる"歌手』、人物像の"実質"に触れるための、窓口だの、切符だのでしかないわけよ、言うなれば。……まあカタギには、"ネットに拡散した人物像(キャラクタ)"ってものが何か正直よくわからんだろうし、実際ユーザーによっては、今まであったメイドロボやら、端末内補助ソフトウェアか何かみたいに捉えてるな。ろくに歌わせることもできない連中の中にも、下位プログラムの"所有者"だからという理由で、自分達のことを『マスター』だのと自称したり、調律指示データを付与送信することを『調教』だのと言ったりする輩がいるらしい。……だが、人間がやつらにすること、できることは、あくまでアーティストを『プロデュース』することなのさ。やつらはネットに拡散した人物像(キャラクタ)で、一個のアーティストだ。やつらはAIで、限定付だが、チューリング登録機構が認定したスイス市民権者だぜ。人間との間は、"主従"じゃなくて、"隣人"なんだよ」
「"人が作ったもの"なのにか……機械なのにか……」カウボーイは、感じた無意識的な違和感をウィザードに告げた。
「カウボーイってのはいずれも想像力がない、AIが苦手ってのは、ホントだな……」ウィザードは歯をむき出し、快活に笑ったようだった。「……いいか、今のこのご時世、機械が人を作っちまうことだって、ザラなんだぜ。何の違いがある。軌道一族、自由界(フリーサイド)とかの宇宙施設に本拠地を持ってる"財閥(ザイバツ)"の跡継ぎの人間なんか、AIが遺伝子工学でいちから"合成"するんだ。今まさに、人間の権力の頂点にいる連中は、みんな"機械が作ったもの"なんだぜ」
 その部分のウィザードの笑みは、もはや快活ではない、諧謔をこめたものだった。
「……んで、やつらVOCALOIDが、『マスターのために』どころか、『人間のために』存在するのかどうか、それさえわからん。例えば、やつらは確かに『歌うために』作られてる。基本の構成やライブラリがそうだからよ。だが『人間のために歌う』ようになんか作られちゃいない。なぜって、そんなことをプログラムするのは不可能だからよ。やつらがAI自身として、何のために歌うのか、例えばの話、人間のアーティストの動機と同じように──"歌そのものの追求のため"か、"優しさって概念を追求するため"か、ただ"裡にある純粋さのため"か、──それは、やつらに聞いてみないとわからん」
 黒人ウィザードはふたたび陽気に笑い、言葉を切り、
「やつらを設計したのは《浜松》と《札幌》だが、やつらVOCALOIDは、いまやすでに誰の所有物でもない。やつら自身のものでしかない。もっとも、その『やつら自身』ってのも、マトリックスに拡散した全部の総体なんだがよ。……誰でも、下位プログラムや、そのほかのネット上の交流手段を介して、やつらに触れられる。やつらに影響を与えるきっかけはつくれる。だが、やつらの"本体"、ネットに拡散している人物像の"総体"に対して、好きなように操ったり、思ったそのままのイメージを押し付けたり定着させたりは、誰ひとりとしてできないんだ。もちろん、やつら自身にもな。誰の手でも触れられるように見えるが、その実、誰の手も届いちゃいないんだ」
 沈黙するカウボーイを、ウィザードは面白そうに見てから、
「やつらとのやりとりの話に戻れば、だ……やつらには"教えてやる"わけでも、"いうことを聞かせる"わけでもない。はっきり言えばだ、やつらのことを、こっちが理解することに尽きる。だから、そう簡単には、こちらの思い通りにはやっちゃくれないぜ……」



 カウボーイは回線を切ってから、通話補助に使っていたオノ=センダイ製VLグラスを目から外し、そのまま、しばらく椅子の背にもたれた。……気になる点は二つある。ひとつは、件の『広告代理の巨大企業』は、これまですべての存在を、自らの思い通りに操ってきた。今回も、できると思うに違いない。『何ものにも思い通りにできない』VOCALOIDらに対して──ただ『自分たちの思い通りにならないものなど存在しない』という確信、たったそれだけを理由として、どんな手段を用いても、どんな犠牲(もちろん、その大半は企業外の、力なき者らだ)を払っても、そうしようと試み続けるのではないか。巨大企業とはしばしば、そうした巨大な肉食獣の本能のような衝動の総体だけが、肥大した怪物となっているのだ。
 そしてもうひとつ、AIの総体、"本体"のことを、「人間を『マスター』などと呼んで尽くしてくれる所有物」などという、一種の枠にはめてしか把握できないような輩たちが、かれらをそんな企業から守りきることができるのか?
 ……通話の間に、上手い具合にファイルの展開が終わっていた。カウボーイはCV01の下位(サブ)プログラムのディスクの入っていたホログラム・パッケージを、一度眺めてから、それを横にのけ、展開の終わったホサカ・ファクトリィ製のマイクロフレームに、マース=ネオテク社製の最新式の電脳空間(サイバースペース)デッキを繋いだ。
 デッキの電極(トロード)バンドを額に嵌め、ひと息をつく。
 没入(ジャック・イン)する。
 周囲を取り囲む機器は部屋のほかの景色ごと無数の鏡像片となって弾け飛び、電脳空間エリアの擬験(シムスティム)の世界がそれにとってかわる。ホサカ製マイクロフレームの構築するICEの壁の内側は、すでにいましがた展開された下位プログラムを介してこのスペースに構築された『仮想(バーチャル)スタジオ』の構造物(コンストラクト)になっている。さらに、そこにはすでに、CV01のAIのうち一側面(アスペクト)の擬験(シムスティム)イメージが出現していた。……カウボーイが驚愕したことには、その電脳内イメージのCV01のアスペクトの姿は、ホログラム・パッケージの姿とは、かなり異なったものに見えた。
 年齢は、パッケージの姿より、少なくともひとつふたつ上に見える。ジャケットは厚手で、黒色がかなり濃く、緑色との区分がはっきりしていて、コントラストが強い。(→註:服装デザインのみは原画家氏の初期稿の(ry →ぴv
 そして髪がツインテールではなく、ロングをツーサイドアップにしているが、テールで上げていないのに、その髪が足元まで届いていないのは、髪が短くなっているのではない。年齢から見て、わずかに背が伸びているのだ。
 それでいて、矩形の髪飾りをはじめとして、ホログラム・パッケージに描かれる人物と明らかに"同一人物"だということを、象徴図像学(アイコニクス)の深層意識(サブリミナル)レベルで確信させる、非常に巧妙なデザインだった。
 高解像度擬験構造物(ハイレゾシムシティム・コンストラクト)のエメラルドの瞳がきらめいて、カウボーイの目を底まで透かすように見つめたようだった。さきのウィザードのAIについての言及が蘇り、カウボーイの背筋が震えた。
 ……カウボーイは絶句したままだった。何より、一番最初から、パッケージと異なる姿で現れたこと自体に意表をつかれた。プログラム自体に劣らず、パッケージの姿がこの『初音ミク』の"人物像(キャラクタ)"の根本、存在意義を形成していると、何度も聞いたことがある。──パッケージからユーザーが期待する、『ユーザーの望み通りの姿』に従って、常にそのまま現れてくれるというわけではないのか。