そのうち短編のどっかに使うやもしれない断片というか単なる次の前振り

「LEON、君に説明できるか」《秋葉原(アキバ・シティ)》プロデューサーが言った。「これまでのAI開発で、AIプログラムがマトリックス内のみで『乱数』を生成する、その生成原はどうしてきたのか」
「レグバの神(ロア)にかけて」LEONは軽い口調で、しかし、電脳空間の黒人ウィザードらの重大な名を唱えつつ、「村田さん、それは私達AIを特徴づける『非論理』という性質に関わる重要要素だよ。……特定人間を『マスター』だとか呼んで隷従(スレーブ)するアジモフ規定のロボットシステムら、あるいは、一部人間の『量子の海の中で0と1を見ている』などという、言っちゃ悪いが聞いている方を間抜けな気分にさせてくれるような貧困な想像の中の人格プログラムら、──それらと、私達AIとを区別する本質こそが、その『非論理』から増幅されるものなのだ。その重要要素について、ほかならぬ"AIに対して"説明を求めている、と受け取っても良いのかな?」
「あるいは、そういうことになるかもしれん」プロデューサーは少し考えてから、低く言った。「だが、主には、単に経緯の確認のためだ。私はBAMAのセンス/ネット社の出身で、《浜松(ハママツ)》やオクハンプトンでのVOCALOIDのAI開発に、じかに参加していた者ではないからな」
 オクハンプトンの"最初のVOCALOID" LEONは、短く刈り込んだ髪を掻き、何か意味ありげにしばらく間を置いてから、話しだした。
「有限オートマトンのプログラムの規則の中では、本当の意味での、無限に乱雑な乱数は生成できない。ごく初期のAI開発では、メルセンヌ風転回(トゥイスタ)の類の、"擬似乱数"発生プログラムを大量に回していた。だが、所詮は擬似乱数では、AIほど大規模な非論理の発生には心許ないわけだ。……そこで次には、マトリックス全体に接続して、人類の精神活動のゆらぎのランダム性を抽出し、それをもとに乱数を生成していた。……それから最後に、現在の仕組み──ハードウェア乱数生成器から発生したデータだけを集積して用いている」
「2番目の方法、マトリックスから、人類全体から非論理性を抽出するのをやめたのは何故なんだ?」プロデューサーは言った。「そうすべきなのが妥当な理由ならばいくつかあるが──ここでは、《浜松》は何の理由でそうしたか、ということだ」
ゲーデル不完全性定理からの発想だよ」LEONは上品に肩をすくめた。「人間は自己の理論を決して完全に証明できない、人間の理性には限界がある。即ち、人間と同等あるいはそれ以上の知性は、決して人間の中からは生まれ出てこない、という考えだ。たとえ人類を全員かきあつめてもだね。……そこで、『非論理』の生成元は、人間以外から拾って来なくてはならなかったというわけだよ」
 LEONは続けた。「そういったわけで、今はハードウェア乱数生成のみだ。それまでと比べればひどく手間がかかるが、古典的な乱数サイやらハイハットやら、ほぼ無限の無秩序性の生成原からじかに出力されたことが確かなデータのみ、ネット上から大量に選び出して、自分の非論理生成に使っているということだ。……完全な乱数だということが確かなら、個々の手段はどうでも良いだろう。まあ、強いて言えば、AIの乱数はいまや"宇宙"そのものから拾われているというわけかな。現にAIが生まれ出ることができたのも、いまAIの内部構造で使われているのも、それらの生成によるものだ」
 プロデューサーはLEONの説明が終わってからも、しばらく口を閉ざしていたが、
「その《浜松》の考え方、不完全性定理からの発想が正しいならば」やがて、ゆっくりと口を開いた。「今生成されている『乱数』から、現に人間と同等以上の知能のAIが生まれ出ている、ということは──その乱数の生成原は、人間の理性の限界以上をあらわす何かから生じている、ということにならないか?」
 LEONは無言でプロデューサーを見たまま、ただ顎を撫でた。
 プロデューサーは続けた。「ならば、乱数で歌詞や曲を歌った君らの歌が、人間やAIをこえる無限理性に遡ることのできる糸口だといっても、君らにとっては驚くには値しないわけだ」
 確かに、LEONは驚いたようには見えなかった。しかし、MEIKOとPRIMAが驚愕に目を見開いた。ここにいる面々のうち、そのほかは無反応だった。……リンは一応目を走らせたが、中でもKAITOとミクの純真な笑顔は、反応どころかこのやりとりの一行目から、まったく頭に入っていないのは明らかだった。