極秘情報画像


 男なら『初音ミク』のお宝画像が知らない間にいきなり自宅PCや端末に入ってたなんてことが起こったら、天から授かった奇跡みたいに大感激する奴もいるんじゃあないのか。だが、なにごとも状況次第、事情次第っていうやつで――
「きゃあああああ」事の始まりは、オレのすぐうしろで端末をいじっていたヤツの、まさにいきなりのシャレにならないテンパった叫び声だった。「何なのコレ! ちょっと見てぇ! 見てよぉ!」
 その只ならない様子の悲鳴を聞いても、どうせまたなんかのイタズラでオレをはめる気なんだと思ったが、ヤツのそのせいで端末や、それが制御しているこの建物にトラブルの原因があっても困るので、オレは一応、のろのろと体を動かして、ヤツの前のモニタを横からのぞきこんだ。
「うっ……! ふぅ……」
 オレは驚きとか衝動の爆発だとか、その他いろんなものをやっとのことで抑えた。抑えられずに何かを思い切り放出したような声が出たのは気のせいだ。
 そこに映っていた物は、イタズラの範疇としてはとても予想できた代物じゃなかった。
 それは何枚かの、まさにヤツ自身の写真、画像だった。どんな画像か、どんな格好でどんなポーズで、どんなことをしている姿で、どんなものが丸見えになってるか、それはとてもここで言えたもんじゃない。なあ、こんなシリーズを続けてりゃすっかり忘れちまうもんなんだが、ここを読んでるようなVCLDファンってのは、大半が未成年なんだぜ? まあ、ヤツのその姿、つまりいわゆる”初音ミク”形のアンドロイドだが、真っピンクのアタマ(もちろん、アタマの出来、中身も含めてだ)をしている上に、体型(肉感)もまるで違う、しかもそんな姿態の姿で、おまけにあのミクの衣装も装具もない(てか、一切何も着てない)となりゃ、もはや本家”あいどる”の『初音ミク』の要素なんて、これらの画像にはこれっぽっちも残ってりゃしないが。
 そこに映っているのは、痴態とまではまあ言わないが、かなり控え目に表現しても、あられもない姿、としか言いようがなかった。とても正視できない画像だったが、かといって目をそらすこともできず、オレは視線を不規則に浮遊させるしかなかった。
「い……いやぁ……」ヤツはそのオレの視線からモニタの画像を遮るように手をのばしたが、しかし動揺のためか、手が震えてうまくいかないようだった。「だめ……そんなにじっと見ないでよぅ……」
「いやおまいがさっき『見て』って言ったんじゃねーかよ!」オレはばちんと指で目を覆いながら言った。
「どうして……!?」ヤツはモニタの画像におびえた目を向けながら、「どうしてこんな画像があるの……!?」
 ヤツの見ていた端末に繋がっているのは、この建物の制御システムのデータベースだ。普段は、せいぜい空調とかの制御に関連するデータしか入っていない。もちろん、このデータベースにファイルを入出力できるのは住んでるオレくらいのもんだが、まるで心当たりもないし、推測もできない。
「なんでこんな代物があるのか、本当に知らないのかよ」オレはそのヤツの深刻な目を見て言った。「……こんなポーズをとった覚えはないんだな?」
「ううん、あるよ」
 オレはがっくりと俯いた。それから、緩慢に顔を上げ、
「お〜〜ま〜〜い〜〜は〜〜」
「プロポーションのチェックとか、禁断のポーズの練習とかー。アナタに見られないように、いつもこっそり秘密の場所で。知りたいでしょー? 教えてあげないよー」
 が、そこで、ヤツは真剣に画像を凝視し、
「でも、なんでそれが撮られてて、記録されてるの!?」
「知るか……わからん……」オレは呻いた。
「まさか、……盗撮?」呟いてから、やがて、ヤツはオレの方を疑念と怯えが入り混じった目で見た。
「いや……別にしねーよそんなこと……」オレはけだるい声で流した。
「でも、他に誰もいないじゃない!」ヤツは眉を吊り上げてオレに食ってかかるように言った。「ここに住んでるのって他にいないし、この端末を使えるのって他にいないし!」
 が、突如、ヤツは不意に首を傾けて、斜め下に顔をそらし、かすかに上気した頬で、
「その、盗撮なんてするくらい、……そんなに、それほどまで見たいんだったら……本物……いつだって……」
 オレはそのあたりでもうすでに、ヤツとのまっとうな会話なんてものは放棄していて、端末を調べ始めていた。この建物内の秘密の場所、という一言が気になっていたからだ。
 そのヤツの写真の(サムネール群を凝視しないように必死に我慢しながら)日付や撮影記録を調べてみると、それらの情報が(裏画像なら削除されたり隠匿されてるもんだが)ごく当たり前のように残っていた。――撮影された場所の記録と、それを建物の見取り図と照合していくと、なんとか手がかりがつかめてきたような気がした。
「いいか、よく見ろ」オレはモニタに建物の見取り図画像を開いて、一か所を指差して言った。オレ達が普段住んでる部屋からはかなり奥まった所にある、滅多に近づかない部屋だ。「おまいがその、なんだ、そういうポーズをとってたのって、ここの部屋だろ」
「そうなの? 位置とかわかんない」
「この脳味噌フラワーガーデン女が……」オレは呻いてから、「ともかくだ。このオレ達の住んでる建物は、今は廃墟だが、元々、ホサカ・ファクトリイって巨大企業(メガコープ)が社員用に作りかけてた環境建築物(アーコロジー)だ。……この部屋だろ。部屋のここにある、これは、会議とかの記録に使うカメラだ。この部屋がこんな奥にあるのは、元々、企業秘密の会議なんかをするための場所だったのかもしれねえな。で、この記録用カメラ、こいつが勝手に動作して、おまいが脱いでるところがこの制御システムのメモリに記録されてたんだ。――なんでそんな、もう誰も使ってない機能が動作したのかは、よくわからんがな。機器のパネルを変な弄り方でもしない限りはよ」
「ううん、弄ったよ」ヤツはあっさりと言った。「脱ぐ前に部屋をあったかくしとこうとか思って、そのへんのパネル適当に」
 オレはがっくりと俯いた。それから、緩慢に顔を上げ、
「お〜〜ま〜〜い〜〜は〜〜」
「でもこれ、もしこの画像がその会社のネットから見られたりしたら……」
「いや、この極秘情報のデータベースに入っている限り、この端末、建物の管理機以外からは物理的に見えねえ。秘密会議専用だからな……」オレは言葉のひとつひとつに脱力しながら言った。
「でもどうすればいいのぉ?」ヤツは不安げにモニタを見た。「またこんなのが自動で盗撮みたいに写されちゃったりしたら……恥ずかしいよぉ……」
「そもそも恥ずかしいポーズは止めろ……って無理だこいつには……部屋の機器とか弄る時はオレに言って……いいや、それもダメだ……」オレは頭を抱え、「……てか、とりあえず、もうこの部屋は使うな」
「使えるわけないじゃない……もう秘密の場所も、そこで何してるかも全部見られちゃったもん……」ヤツは両掌を赤らめた頬に当てて言った。
「やかましいわ。てか、ここ以外にも、普段行かない部屋、知らない部屋には、とりあえず近寄るな、おまいは」
「わかった」ヤツは素直にうなずいた。
 オレは安堵と脱力の入り混じった息を吐いた。どっと疲れた気がした。
 そのままオレ達はモニタの前に並んで、無言で座っていた。……が、やがて、ヤツがおそるおそる、だが何か、たまりかねたように、口を開いた。
「あのね……その、お願いがあるんだけど……」
 ヤツは、モニタの中の自分の画像と、オレの横顔とをおそるおそる見比べて、ほんのりと赤くなった頬を袖で覆った。
「その……今の画像……」
「いや、わかってるっての……」基本的にあまり見られない、ヤツの表面ではなさそうな心底の恥じらいの姿には落ちつかず、オレはモニタからも、ヤツの姿からも視線をそらした。「コレは削除しとくって……」
「ううん、そうじゃなくて……夜だとかに、こっそり見ても……その、使っても……イイよ……」ヤツは俯いて言った。「お願いっていうのは、その……大事なところだけは、『ガウスぼかし』入れて使って」
「いっときでも真剣に聞こうとしたオレが馬鹿だったぜ」