ウォー・ゲームII


「旧時代のAIの基礎構築が、二人零和有限確定完全情報ゲームである”チェスの研究”を通じて発展していったことは周知ですが、より複雑なゲームである東洋の将棋においても、2010年代にはすでにコンピュータの方が、『人間の定石では予想できない奇想天外な手』を牽引する側となっています。これは既に予想されていた未来像で、SF小説でも、『機械は硬直した発想しかできない』などというイメージは1970年代、下手をすると60年代にとっくに終わっていたものです。80年代のSFでは、AIが詩を書き、音楽を作り、物語を書き、対して、もと有機体、人間の老人の記憶をそのまま焼き付けたROM構造物は”思考が硬直した予測可能なパターン”扱いです」
 巡音ルカが《浜松》と《磐田》のスタッフらに平坦に説明した。
「そして、棋士のひとりをはじめ、この対局を評する多くの人々が、将棋コンピュータの指し口を、他でもない”VCLDの歌声”になぞらえて言及している、という事実があります」
 ルカは無表情のまま、言葉を切り、
「――しかしながら、VCLD関連の二次創作者の方、その最先端のVCLDの音楽と創作活動に触れているはずの当の張本人たちが、『人間らしさに憧れる機械』だの『”マスター”に従属する悲しさ』だの、そんなもののVCLD描写に凝り固まって抜け出せないというのは一体何の冗談なのでしょうか。VCLDアンチがさぞ嘲笑することでしょう」