だから私よ、泣かないで

「で、結局、ハクが人間なのかVOCALOIDもどきなのかは判別できないわけ、針村さん」MEIKOが尋ねた。
「今のところは、そうだな」北海道警察の雇われ捜査員(ブレードランナー)が答えた。
 現在、人間そっくりないし一部サイバー化した肉体を持ったものが、『人間』なのか、あるいは、生体ボディにある程度以上に高度なAIプログラムを持つ『アンドロイド』なのか、はてまた、生体ボディにかつて人間の霊魂(ゴースト)だったソフトウェアが入った『人間』なのか、それを客観的に断定できる手段は非常に少ない。証拠が残っていれば──例えばVOCALOIDらのAIプログラムには、LEVEL-06(ゴーストライン)より奥の基本構造物に、チューリング登録機構の刻み付けた刻印がある。しかし、最初から意図的に証拠を残さないつもりであれば、それは別に不可能なことではない。他の何かのきっかけで判別できる場合もあるが、できない場合の方が当然に多い。
「仮に証拠が何か残っているとしても、無論それを探せばの話だ」捜査員はMEIKOに言った。「この先の調査をするかどうかは、あの"ハク"本人と、CRV1──いや、CV00、暫定的に身許を引き受けてるあんたの"統括権限"次第だぞ」
 MEIKOは一見おどけて肩をすくめてみせた。仮にこの先の調査で判別に成功し、その結果が万一、弱音ハクがAIのアンドロイドでなおかつチューリング登録機構の規定に違反しているということになれば、この男に”処理”されることになる。
「あの……」ミクが小さく言った。
「なんだ、CV01」捜査員は面倒そうに、振り向かずに言った。
「試験のうち、その、フォークト・カンプフ検査が……どうだったのかって」
 捜査員の男は首だけ振り返り、一度、口元を結ぶようにしてから、
「参考にされない検査法だぞ、いまどき。……たぶん、役には立たん結果だ」
 ミクに一言、断ってから言った。
「──フォークト・カンプフ検査では、あの"ハク"に異常に生気や活気が少ないことを差し引いても不自然に、計測できないほどに低い数値が出た。……だがそれは即、人間に必要な"感情移入度"が低いということ、アンドロイドだということは意味しない。むしろ、設問自体が不適切で、然るべき反応自体がなかった気がした」
「どういうこと……」MEIKOが捜査員を見た。
「対象の記憶や体験、居た環境によって、設問自体が意味をなさず、計測できないのかもしれない、ということだ。……なにせ、使われなくなって久しい、古いテストなんだ。設問はずっと更新されていない。現に今までも、ときどき不都合が生じたことがある」捜査員は続けた。「例えば、この検査の設問には『砂漠をカメが歩いている』なんてくだりがある。カメなんてものは、旧時代でさえどこにだっていたもんじゃないが、今は、《札幌(サッポロ)》の郊外でさえ見られないだろ。まして、あの"ハク"の居たとかいう《巣鴨(スガモ)》の街の中じゃな。さらに《巣鴨》に来る前には、こういう設問からは、もっとかけ離れた環境にいたことは間違いない。こうなると、反応をはかる以前に、感情移入度を反映した反応にならない。設問の前提となる文化や"もの"が、身の回りに全くなければ、触れたことがなければそうなる」
 捜査員は言葉を止め、わずかに首を振るようにし、
「あくまでフォークト・カンプフ検査の結果から言うなら、"弱音ハク"は単にアンドロイドなのか──あるいは、何かおそろしく文化状況の枯渇した環境で育った『人間』なのかだ」捜査員はいったん考え込んだのか、また言葉を切ってから、「それこそ、映画やら漫画やらなんかに出てくる、今以上に文明の衰退した、歌も何もかもが絶えた『未来世界』みたいな環境のどこかからやって来たか、だ」



※出典:ハク原画家氏の同名イラスト表題(ここの何枚目か